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ミサイルで逝こう

世界史コンテンツ(のようなもの)


~中世ヨーロッパ 2限目 ミサイルで逝こう~ 
 









ばしゅ しゅわ~ ひゅ~ん どか~ん





「何を呆けたことを言っている?」





「だって今日のお題はミサイルでしょ~」





「莫迦か?ミサイルの語源はラテン語のmissiliに遡り、投擲物、すなわち石つぶてから投げ槍までを含む広範な単語を意味する。貴様が知らぬ方が意外なくらいだ」





「普通はミサイルって言ったら、そんなもん思いうかべないわよ」





「中世の話だから想像はつくと思うが。D&Dの1レベル秘術呪文にも、『マジックミサイル』という名の呪文があるくらいだし、必ずしも現代の誘導噴進弾を指す訳ではない。まぁいい、授業が始まりそうだ」





「本日の講師を務めさせてもらうことになったセイバーと申します。シエル先生がどうやら遅刻してくるとのことで、代理として今回は中世の投射武器について解説します」





「シエルは遅刻か。仕方ないわね~」




「先ず、特筆すべき事項としては、9~10世紀頃、携行投射兵器として弩(クロスボウ)が中世ヨーロッパに復活したことが挙げられるでしょう」





「クロスボウ?それは古代から使われていた兵器だと思うのだが、なぜ中世になって急に復活したのだ?」





「残念ながら詳細は不明であるとしか言えません。古代ギリシアやローマでも少数が使用されていたようですが…。中世ヨーロッパでは、ジェノヴァやバルセロナといった工業が発達した都市において生産が増加し、当初は船の防衛のために専ら用いられていたようです。なぜ急に復活したかについては諸説あり具体的にはよく分かっていない…ということです」




「わかんないんだ…。それじゃ別の質問!当時の弩は、悪魔の発明であり卑怯者の道具として軽侮されていたって聞いたことがあるんだけど、何で?」




「ヨーロッパ貴族は、白兵戦のみが名誉ある戦いであると考えていたこと。弩が当時主流な鎧である鎖帷子(チェインメイル)を貫通出来る威力を持っていたことが主な原因でしょう。考えても見てください。地域を支配し、農民を守るためと称して武芸の訓練に明け暮れ、高価な甲冑や軍馬で武装した騎士が素人同然の農民兵に射殺されたならば、彼らは納得がいかないはずです」





「普通の弓はいいわけ?」





「普通の弓は威力に劣り鎧を貫通できませんし、長弓はかなりの訓練を行わないと扱うことが出来ないため一般化していません。ちなみに複合弓はヨーロッパに製法が伝わっておらず、大規模に戦闘で使用されることはありませんでした。なお、東ローマのカタフラクトは複合弓を装備していましたが、これは東方からの輸入品ですから例外です」




「つまり農民上がりの雑兵に、偉大なる騎士様が殺られるのが我慢ならないっていう貴族連中のワガママみたいなものね」




「はい。しかし、それ以外の大きな理由があります。当時は騎士が白兵戦を行っても死ぬことはあまりなかったんです。それは生け捕りにして身代金を取ることが、中世騎士の大きな収入源だったからです。ですから雑兵の弩ごときで殺されてはたまったものではない、といったところでしょうね」




「1139年第2回ラテラノ公会議で、教皇インノケンティウス2世はキリスト教徒が使用する武器としては不適切であるとして、弩の使用を禁止したそうだが、それも大方、貴族どもが教皇に圧力をかけて禁止させたのだろうな」





「確たる証拠があるわけではありませんが、十分に考えられる話です」





「ヴァチカンの屑どもならやりかねない話ね…。今も昔もまったく変わってないわ」




「・・・次に長弓(ロングボウ)について、説明します。そうですね…みなさんは長弓をご存じですか?」




イングランドやウェールズの連中が使っていた弓でしょう?」





「詳しいわけではないが、全長2mくらいの長い弓のことだろう。百年戦争で活躍したと大学の教養の講義で習った記憶がある」




「はい。確かにそのとおりです。しかし厳密な定義になると理解している方はいないと思います。それは、厳密な定義が存在しないからなのですが





「???」




「実は『長弓』なる言葉が始めて登場したのは、『薔薇戦争』(1455年~1485年)の頃であり、中世では『弓』と『弩』の区別しかありませんでした。一説によれば、弦を胸元まで引く射法と、耳元まで引く射法があり、後者がいわゆる長弓的な射法であるとされています」





「なるほど、当時の人々は単に弓としていたわけか。確かに長弓とは言ってもイチイやニレの単弓であるから複合弓や弩のように技術的に難しいものではない」




「そうですね。イングランドやウェールズで、実際に狩猟で使用していた弓を戦闘用に流用したものですから、特別に名前をつけるようなことはしなかったのでしょう。威力を増すために狩猟用の弓よりも、さらに大型化していたのかもしれませんが」




「ところで、なんで長弓兵って連中はイングランドやウェールズにしかいないの?狩猟用の弓なんてどこででも使われていたでしょう?他の地域では、戦闘にはほとんど弩を使っているみたいだけど」




「先ほども少し触れましたが、長弓兵は一般的な兵科ではありません。青春をドブに捨てる覚悟で毎日のように鍛錬を積み、骨格が変形するくらいの努力を重ねなければ長弓兵になることはできませんでした。それは、地域の農業社会全般に依存しなければ成り立たない存在でもあります。王様も積極的に弓の鍛錬を奨励し、安息日でも弓技大会の開催を認めたほどでした」




「骨格が変形…そこまでしなければ養成できないものか。現代的な意味での常備軍を持たない中世ヨーロッパであることを考えると、確かに納得はいく。地域の習慣として根付いていない地域に、強引に弓の鍛錬を義務づけようとしても、短期間ではなかなか成果が上がらないだろう。弓の鍛錬の強要なんてことをして農民の反発を買うよりも、簡単な訓練で使えるようになる弩を導入した方が効率がよい




「そういうことです。例外的にフランドル地方で少数ながら長弓兵を養成して、部分的な成功を納めたことがあるくらいでしょうか。まぁ、イングランドの工業基盤が脆弱で、弩の生産が難しかったから長弓に頼らざるを得なかったという側面もあるのですが」





「偶然にも様々な要因が重なり合って、長弓兵という特殊な兵科が存在できたという訳か」





「そういうことですね。それでは次に弩と長弓の比較を行いたいと思います」


[弩の特徴]

※メリット 

・訓練が容易で素人でも短期間で戦力化が可能

・威力が大きい

※デメリット
 
・装填に時間がかかり発射速度が遅い(最大4発/分)

・有効射程が短い

・工業製品であるため製造コストが高い


[長弓の特徴]

※メリット 

・発射速度が速い(最大12発/分)

・有効射程が長い

・製造コストが安い

※デメリット

・養成に長い時間と社会基盤への依存が必要

・威力が低い






「このように比較してみると、相互に補完的な特徴をもっていることが理解できるでしょう」





「弩の方が威力は大きいのに射程は短いってがよくわからないんだけど?」




「簡単なことです。弩では曲射ができないから射程が短いということになります。もちろん弩でもやろうと思えば、斜め上に射るだけですから曲射そのものは可能でしょう。ただし、弩で曲射をしようとすれば長弓兵並の鍛錬が必要となり、誰でも手軽に扱えるというメリットがスポイルされてしまいます。それ以外にも、弩用の矢である太矢(bolt)は空気抵抗が大きく、重心安定性が通常の矢よりも低いことも理由の一つですね」





「こうしてみると、長弓の火力密度の高さは凄い。単位時間あたり3倍の数の矢を投射できる。これはたまったものではないな」




「実質的には長弓の火力密度は、弩と比較してさらに高まります。曲射という特徴から、隊列の前列後列の区別無く射ることが可能になります。弩では直射という性質上、最前列からしか射ることができません。これは、せいぜい200m以内という交戦距離に鑑みると弩や長弓にとっては極めて大きな差に繋がります」




「弩は標的を狙って水平に近い弾道で射撃していたのに対し、個々の精度をさほど気にする必要がない、曲射による弾幕公算射撃を行うイングランドの長弓兵は、結果として交戦距離が弩を上回ることになったわけか」





「ということは、長弓兵は弩兵よりも強いってこと?」




「優位な点があることは事実です。ただし、長弓の弱点も忘れないでください」




「そうか!技術の進化で鎧の防御力も増加する。それに比べて大型化によって長弓は2mにも達しており、これ以上の威力の増加は見込めない。しかし弩は進化の余地が残されていた…」




はい。弩は鋼鉄製の弓や巻き上げ機等の改良が進み板金鎧(プレートメイル)にも対抗できる威力を持つに至ります。しかし長弓では板金鎧には対抗できない





「ちょっと待て。アジャンクールの戦いを知らないわけであるまい。あの戦いはフランスの下馬騎兵に対して長弓兵が勝利した戦いとして有名だったはず。当時の下馬騎兵は板金鎧だと思うのだが、それでは長弓でどうやってフランス軍を破ったのだ?」





「参考となるデータを列挙してみます…(某ch某板某スレよりWilliams,Alan:The Knight and the Blast Furnace:A History of the Metallurgy of Armour in the Middle Ages & Early Modern Period:Brill:2002:90-04-12498-5を孫引き)

[投射兵器](参考の数字)

イチイ製の長弓(初速43m/sec)から射られた90gの鋼鉄製鏃の矢のイニシャルエナジーは83J
鋼鉄製の弩(初速62m/sec)から発射された100gの太矢のイニシャルエナジーは192J
50m飛翔した時点での残存エナジー→(太矢52%・矢73%) 

[想定目標]

A.鎖帷子を着用した11-12世紀の騎士

装甲貫通に必要なエナジーは鎧下(linen jack)の防御効果と合わせて120J
長弓の場合、例外的な強力持ちの強弓で至近距離のみ貫通
弩の場合、平均的な弩で20~30m程度の距離ならば貫通


B.ミラノ式鎧(2mm中炭素鋼焼き入れなし)を着用した15世紀の騎士

装甲貫通に必要なエナジーは鎧下(pad)の防御効果と合わせて281J
長弓の場合、貫通は不可能
弩の場合、鋼鉄製弩でも貫通困難


このように長弓では板金鎧を貫通する力はありません。しかし…

アジャンクールでは最初のフランスの急襲戦術に対して5,000~6,000の弓兵が3~4回射撃してるから、15,000~24,000の矢が降り注ぐことになる。
騎馬隊の数は1,000~1,200騎。矢の1%がうまく当たったとしても150~240騎が損害を受けるので12~24%の損害。
歩兵だと敵陣に到達するまでもっと時間がかかるからもっと多くの矢を浴びる。
フランスの歩兵が到達するまでに3分くらいかかって、弓は10秒で1回の射撃と想定し、少なくても90,000の矢が降り注ぎ1%でも900人の損害がでる。
フランスの歩兵の第一波は8,000人だから、これも10~13%の損害。


以上は仮定の話ですが、比較的装甲の薄い部分や装甲されていない部分へのラッキーヒット、馬へのダメージ、精神的ダメージ、軽装甲・非装甲の者に対する効果を考慮すると、板金鎧そのものを貫通できなくとも、長弓兵は十分に有力な攻撃力があると判断できます」





「空から豪雨のように矢が降ってきたら…例え頑丈な鎧に身を包んでいてもおっそろしいわね。まして、比較的装甲の薄い歩兵にとったら悪夢でしょうね」





「そろそろ時間になったようです。もう終わりにしますが、今回の講義はどうでしたか?」





「長弓はアーチェリー競技のように的を狙うのではなく、仰角射撃によって弾幕を張る確率論兵器だというところが興味深かったな」





「逆に言えば長弓で直射するような事態は、既に戦術的に敗北しているとも言えます」





「長弓と弩ってどちらも原理は同じ投射兵器なのに、使い方は全然違うのね」





「はい。どちらも一長一短あり、一概にどちらが優れているとは言えないところが面白いところでもありますね。それでは帰らせてもらいますが、次回の予定は『騎兵と投射兵器による統合戦術』について講義したいとおもいます」





「あれ?シエルは?」





「次回の講義ではイングランドが主役ですから私が引き続き講師を務めることになります。シエルさんは…そうですね『かませ犬』役として登場して貰うかもしれません」





「(本当はメイン講師のはずなのに…哀れな)」





「それじゃあ、またね~」



3限目を始める


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